宮川大輔の憧れ『マイク・タイソン』のぶっ飛んだ伝説

 

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人気吉本芸人である宮川大輔さんの憧れの人としても知られる、元世界ヘビー級王者『マイク・タイソン』。

マイク・タイソンといえば、現役時代には桁外れなパンチ力と類稀なボクシングセンス、またチャンピオンにあるまじき行いの数々などでも度々話題となり、当時は世界中のボクシングファンから子供たちまで「名前を知らぬ者はいない」と言わしめるほどの人気を博した、アメリカの元プロボクサーです。

今回はそんな「マイク・タイソンをよく知らない」という今の若い世代の方ために、現役から転落、そして引退までのマイク・タイソンの軌跡と、今でも語り草となっている『マイク・タイソンの伝説』をいくつかご紹介したいと思います。

マイク・タイソンのプロフィール

マイク・タイソン

出典:http://wikimedia.org/commons/1/1d/Mike_Tyson_2011.jpg

マイク・タイソン
本名:マイク・ジェラルド・タイソン
1966年 6月30日生まれ
身長:180cm
体重:98kg(現役当時)
アメリカ合衆国・ニューヨーク市出身
元ボクシング世界ヘビー級王者
【戦績】58戦50勝6敗(無効試合2)44KO

現役時代は、世界最強の男として名を馳せたマイク・タイソンですが、幼少の頃は分厚い近眼眼鏡をかけた内気な少年だったため、近所の不良少年たちのいじめの対象となっていました。

度重なるいじめにも何とか耐えていたタイソン少年ですが、ある日、そんな不良グループたちに大切にしていたペットの鳩を殺されてしまいます。

このあまりにも行き過ぎた行為に、今まで抑えていた怒りが爆発。激昂したタイソン少年は、なんとたった一人で全ての不良たちを殴り倒してしまったのです。

この事件をきっかけに、タイソン少年は自分の持つ本当の力に気付きます。しかしあまりにも若すぎたタイソン少年は、その有り余る力の使い所をうまく見つけられず、ついには自らも不良の道へと進んでいってしまいます。

12歳までに51回も逮捕されていたタイソン少年は、ついにニューヨーク州で一番の不良達が収容されるというトライオン少年院に収監されてしまいました。しかしここで、更生プログラムの一環として行われていたボクシングと出会ったのです。

そんな更生プログラムで、並外れたボクシングセンスを光らせていたタイソン少年に、プロのボクシングトレーナーが目をつけます。こうしてタイソン少年は出所後、このトレーナーの元でボクシングの英才教育を受けることになりました。

数年後、プロボクサーとしてデビューしたタイソンは、その類まれなる才能を余すことなく発揮し、ガードごと相手をなぎ倒す桁外れなパンチ力と確実に急所を捉えるテクニックとスピードで、史上最年少となる20歳のときWBC世界ヘビー級王者のタイトルを手に入れたのです。

マイク・タイソンの絶頂期からの転落人生、引退まで

絶頂期のマイク・タイソン

出典:http://sportiva.shueisha.co.jp

そんな華々しい戦績を重ねていたマイク・タイソンに、突然の悲劇が訪れました。

自分の有り余る力の使い所を見つけられなかったタイソン少年に『ボクシング』という生き方を与え、私生活でも父親のように敬愛していたトレーナーのカス・ダマトが、肺炎のため亡くなってしまったのです。

こうして、大きな心の拠り所と信頼するトレーナーを失ったマイク・タイソンは、当時、悪評の高かったドン・キングというプロモーターに目をつけられます。

生前のカス・ダマトからも「ドン・キングには近づくな」と言われていたタイソンでしたが、そんな心の隙間を突かれたのか、このドン・キングのプロモートを受けることに同意してしまったのです。

のちのボクシング界では『この時までがマイク・タイソンの絶頂期であった』といわれたほど、ドン・キングの元に付いたマイク・タイソンのボクサー人生は大きく狂い始めます。

一新されたマイク・タイソンチームでは、金銭だけが目的の人々ばかりが集まるようになり、こうした心無い人々に囲まれているうち、タイソンは人間不信に陥ります。こうして、心を許せる仲間を失ってしまったタイソンは、どんどん堕落していってしまいます。

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自殺未遂、薬物使用、暴行事件などの問題を次々起こし、本業であるボクシングでも、練習放棄、試合放棄など、悪い話題ばかりが取り沙汰されるようになってしまったのです。

こうしてついに、1991年に起こしたレイプ事件で刑務所へ収監。出所後には再度プロボクサーとして復帰し、WBC世界ヘビー級王者の座を取り戻すも、すぐにそのタイトルを失ってしまいました。

その後も、試合で相手の耳を噛むという前代未聞の反則行為で1年間のライセンス剥奪、暴行事件で逮捕、自己破産と一度狂い始めた人生を立て直すことができず、ついに2004年、無名の選手相手に6ラウンドTKO負けを喫した試合後に「もうこれ以上、ボクシングを侮辱したくない」と、事実上の引退を表明したのです。

こうして世界最強の男『マイク・タイソン』は、世界中の人々を沸かせた20年にわたるプロボクサー人生に、自ら終止符を打ちました。

マイク・タイソン伝説

マイク・タイソン

こうして、どちらかといえば悪評が広まる期間の方が長く続いてしまったマイク・タイソンですが、世界最年少ヘビー級王者として名を馳せた頃には、数々の輝かしい伝説を残していました。

そこで本記事では、最後にそんな『マイク・タイソンの残した伝説』を、いくつかご紹介して締めたいと思います。

あまりにも強すぎて観客からブーイング

当時のタイソンはあまりにも強く、相手選手をたった1〜2ラウンドでKOしてしまう試合も多かったことから、対戦相手のファンからだけではなく、タイソンのファンからもブーイングを受けていたといわれています。

「戦ってみたい相手は?」との質問に「マイク・タイソン」と答えた。

出典:http://www.reddit.com/

それだけ、自分の強さに自信があったのでしょうね。

またこの質問は、2014年にタイソン本人が登場して話題となった海外の投稿サイト『Reddit』でも、現役を退いた今のタイソンに対してファンが行った「歴史上の人物で戦ってみたい相手は?」の質問に対し「もちろん、俺だ。マイク・タイソンだ」と答えています。

試合後のKOされた選手へのインタビューでは「タイソンのパンチは、1年前にトラックにはねられた時と同じぐらいの衝撃があった」といわしめた。

この伝説は、タイソンがプロ12戦目で戦ったエディ・リチャードソン選手から語られたもの。ちなみにこの試合、リチャードソン選手は1ラウンド1分17秒で、マイク・タイソンにKOされています。

13歳の時には『腹筋が50回』腕立て伏せに至ってはたった『13回』しかできなかった

出典:http://www.sf-magazine.com/

その後、当時のトレーナー『カス・ダマト』の指導により、20歳になる頃には、たった2時間で2000回もの腹筋をこなせるようになったそうです。

人気がありすぎて、単一ボクサーとしては異例の名を冠したゲームが発売された

このゲームとは、1987年11月にファミコン用ソフトとして任天堂から発売された『マイク・タイソン パンチアウト!!』

マイク・タイソン パンチアウト

出典:http://www.nintendo.co.jp

CMにタイソン本人が登場して話題となったほか、本ゲームのラスボスとして登場するマイク・タイソンのあまりの強さに、当時の子供たちは、絶望と尊敬の念を植え付けられました。

2015年6月現在でも、中古のソフトが多数出回っているほか、任天堂のダウンロードサービスであるバーチャルコンソールで配信されていますので、興味のある方はぜひ、本作のマイク・タイソンと戦ってみてください。

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